煉獄日記

目指せ天国。

二代目襲名披露

たのしいしんこんせいかつ、みたいなことをしている。

まるで幼稚園児のおままごとみたい。でもわたしたちは30代のいい大人なので、これはまぎれもない「生活」ってやつ、だ、と、思う。

新しく引っ越した先は、初めてのワンルーム。愉快な隣人は毎日外でバーベキューをしていて、子どもたちがきゃっきゃと遊んだりわあわあ泣いたりしている。すぐ横にある大家さんの家の庭からは毎日お経みたいな何かが流れいて、夜には隣人の流すヒップホップやハワイアンミュージックとの奇妙なコラボ。そんな中で少しずつ形を成していく、わたしたちの「しんこんせいかつ」。これは、うん、悪くない。いや、むしろ、とても良い。

 

 

「ハワイで数か月間一緒に暮らしてほしい」

無茶苦茶なお願いだと思った。なんて身勝手で甘えたお願いをしているんだ、と自分の中で自分を責める声が響いた。

休息のときであるはずの冬休みは遺産相続の手続きのため東京中をかけまわっていたらあっという間に終わってしまい、へとへとのまま迫りくる新学期におびえていた一月のはじめ。研究どころか食事も睡眠もままならない状態で、毎日ベッドからほとんど動けずにいた。
このままではマズイ、ということはさすがにわかった。ひとりでいてはいけないと強く思った。
でも、じゃあ、どうする?

いくら結婚したからって、法律上夫婦だからといって、夫には夫のやるべきことややりたいことがあり、それをお互い尊重しようというのは私たち「夫婦」の約束事のひとつでもある。
そんな出過ぎた真似はできない、いや、でもこのままじゃまずいよ、でも、そんなこと言ってもさすがにそれは迷惑すぎるだろう、そんな逡巡をコンドミニアムの大きな窓を見つめたままベッドの上で繰り返していた。

 

で、私は結局、そのお願いをおそるおそる口に出した。

「いいよー」

頼みごとの大きさとまるで見合わないような、軽く優しいトーンの返事。

「ほんとに?ほんとにいいの?大丈夫?」と、頼みごとをした張本人のくせに、私の方がおたおたしてしまう。人を頼ろうと動けた自分にも快諾してくれた夫にも驚いたり動揺したり感動したり忙しかった。

 

正直に言えば、「頼んだら来てくれるかも」と思っていた。
まず私がそこまで誰かを信頼できたことが驚くべきことだと思っている。

そして、その信頼があったからこそ、私はこの無茶なお願いを口に出すことができた。
それは私と夫の個別的関係性というより、夫の人柄によるところが大きい。その度量のような柔軟さのようなものは、私にはない夫の良い部分だと思っている。

しかしそれにしても。
なんのためらいもなく即答してくれるとは思っていなかった。さすがに数日考えるとか、最低でも数分考えるとか、何か細かい事情を聴いてからとか、そういう展開を予想していた。
もう15年以上の付き合いになるこの人を、初めて「すごい」と思った。これまで世界中に1人しか尊敬できる人はいないと思っていた私に、2人目の尊敬できる人ができた。そんなことが、この結婚生活のようなものの中で起こると思っていなかった。

 

数日前、私のツイッターを遡っていたらしい夫が「最近楽しそうだね」と言った。
確かに最近楽しい。今週は春休みなこともあって、ビーチへ行き、ハイキングにも行き、少しずつ仲良くなっている隣人たちからは美味い肉をお裾分けしてもらったりもしている。
海に慣れ親しんで育った夫が海での浮き方を教えてくれ、毎日1万歩歩くと意気込んでいる夫がダイアモンドヘッドに登ろうと誘ってくれて、社交的な夫が隣人たちと親交を深めてお肉をもらってきてくれたりしている。改めてこう書いてみると本当におんぶにだっこだな。とはいえ、ホノルルのことを色々と知っていたり調べたりするのは私だし、計画を立てたり家事の必要ごとを把握したりするのだって私のほうが得意だ。本当に私たちは似ていない。そして、それが、悪くない。

体調が回復したわけではないし、今でも毎日のようにげっそりぐったりして日中ベッドに横たわる時間が必要だ。それでも夫が楽しそうに散歩したり買い物行ったりしたりしている姿を見ていると、たとえ私の体調がぼろぼろでも「ふふふ」みたいな気持ちになる。
というか今日こうやってブログを書いているのも体調が微妙すぎて勉強するのが難しかったからなのだけど、そんな横で夫は隣人から借りてきたバーベキューグリルで肉の塊を楽しそうに焼いていて、その景色がとても良い。

 

いまだにこの感情が何なのかはよくわからない。恋愛と呼ぶにはあまりにも私は夫をかわいいと思いすぎている気がする。年上の弟だと思っているし、「桃ちゃんみたいにかわいいな」とも思っている。30代も後半の人類を見て数年前に死んだ愛犬を思い出しているのはちょっとした狂気の沙汰だとは思うが、残念ながら私は人間より犬が好きなので「愛犬みたい」というのはこの上ない誉め言葉だ。
わからないなりに、「桃みたいにかわいい」と思いつつ感じたのは、「あれ、この結婚生活意外と長続きしちゃうんじゃないの?」ということだった。
冗談みたいな始まり方だった結婚だけど、今のこの生活悪くないし、むしろ楽しいし、夫は桃みたいにかわいいし、もう少ししたらまた別居生活だけど、あれ、この結婚わりと良くない?とある日ふと思った。当初は、というか割と最近まで2~3年で終わる気がしていた結婚生活だけど、そして未だに、いつでも片方の意思により離婚可能、不倫オッケー、基本は別居という条件がなければとても無理だと感じてしまうけれど、それでも、今はこの結婚生活が長い時間続いたらそれはそれで楽しそうだとウキウキできるようになった。

 

夫の名前は英語圏の人には発音が難しいらしく、なぜか彼はこちらでMomoというニックネームで呼ばれている。高校留学時代にアメリカ人の友人からつけてもらったニックネームだとかで、Momo。桃?いやいや、Momo。

さすがに初代のかわいさには負けますが、二代目「もも」はありがたいことに人類なので、私との結婚生活は続いても続かなくてもどっちでもいいから、私より長生きしてほしいなと思っています。