煉獄日記

目指せ天国。

オンライン診療

アメリカでもこの一週間ほどで火のついたようにコロナウイルスの影響が広がっている。私の住むハワイはまだ穏やかな方らしいが、それでもいろんな混乱や変更が立て続けに起こっている。

こういうとき、「外国人」であるということは非常に心細い。ただ心細いだけならまだしも、困ったことも起きる。とはいえ、これまでは「オンライン授業嫌だなぁ」くらいにしか思っていなかった。しかし今日、初めて大きな壁にぶつかり、とても困惑した。一応どうにかなったのだけど、ひとりの「マイノリティ」の声としてそのことを記録しておきたい。

 

私は持病があり、定期的な通院が必要だ。病名は言わないが、日本では心療内科アメリカでは精神科にかかるようなタイプの持病だ。

昨日こちらで通っている病院から、オンライン診療への承諾書が届いた。もちろん、病院関係者と患者たちの物理的接触を避け、コロナウイルス感染リスクを減らすための対策だ。

これには参った。無理だ。絶対無理だ。

心療内科・精神科というのは、通ったことがある人はわかると思うが、医師との信頼関係・長期的に築いた関係が診察の要になってくる。顔を見合わせた瞬間にこちらの体調を理解してくれる、言葉の端々からこちらの言いたいことを察してもらえる、そういう要素が正確な診断のためには欠かせない。今の私のように、外国語で診察を受けている場合にはなおさらだ。私の英語や話し方の「普通」の状態を知らない医師に診察をしてもらうのは非常に骨が折れる。というか、かなり大きなリスクが伴う。だから、簡単に「じゃあ対面診療を続けている違う病院へ」というわけにはいかない。

しかし、だからといってオンライン診療はとてもじゃないが「はいそうですか」と承諾できるものじゃない。なぜか。やっぱりこれも、一番は語学力の問題だ。

英語が拙いからこそ、身振り手振りや私自身が放っている「雰囲気」のようなものが医師とのコミュニケーションでは重要になる。もちろんオンライン診療でもボディランゲージは見えるかもしれないが、そこから伝わるものは格段に少なくなってしまう。雰囲気や話の間から伝わる情報なんて、ほぼゼロだろう。

さらに、医師の使う専門用語まじりの英語をこちらが聞き取るのも圧倒的に難しくなる。今の私の状態に対する医師の所見、薬の選択や使い方の説明、そういったものはただでさえ理解が難しいのに、画面越しで聞き取れる自信なんて全くない。

環境の問題もある。私は大家さん(年配の日本人女性)とルームシェアをしているうえ、壁が非常に薄い家に住んでいるので、もし診察中に大家さんがいれば内容は丸聞こえだ。大家さんのことは決して嫌いとか苦手とかではないが、とある会話の中で「精神病の頭のおかしい人」という言葉を聞いてしまった以上、精神科に通っていることは知られたくない。今の生活環境を脅かすようなことはしたくない。

 

困り果てて医師にメールで相談をした結果、いつもと違うオフィスなら対面診療を行っているとのことだった。

で、それが遠い。バスに乗って行ったら2時間以上かかる。日本で長距離通学に慣れきっていた私ですら、それはさすがにためらう。そもそも閉じられた空間に長時間いるのが大の苦手なので、バスで2時間の距離を無事にたどり着ける自信もない。ちなみにこれは、精神科に通っている人の中では少なくない症状だろう。それに学校の課題だってたくさんあるのだから、「4時間あったらあれもこれもできる」などと思ってしまう。

それでも、オンライン診療よりマシだから、と予約を変更した。片道2時間でも、その道のりに不安があっても、行くべきだと思った。薬がきれるのは、そういう色々よりもっと怖い。

 

ここまできて、友人に送迎をお願いしたところ、快く受け入れてもらえた。しかしそれも、本来は車を持っていない子が偶然今だけ車を人から借りていて、それをたまたま私が知っていたという幸運が重なって可能になったことだ。

ハワイはバスが発達しているので、学生くらいでは車を持っていない人も多い。そして私はそもそもこちらに来てまだ半年ちょっと。友達が少ない。しかも友達の多くが留学生だったりするので、車を持っている子なんて全然知らない。

今回はどうにかなったけれど、通常の診療所が閉鎖されている状況が来月以降も続けば、正直まだどうしたらいいかわからない。どうにかするしかない。バスで片道2時間ということになるかもしれない。

 

もちろんこれは、私がアメリカにおける「一時滞在者」で、英語の拙い「外国人」で、交通手段が限られていて、さらに精神科に通院しているという、かなり特異な状況から生まれた困難だとは思う。

しかし「オンラインへの移行がスムースで欧米はすばらしい」といった声に触れるたび感じていた違和感が、今日この件で「いいことばっかじゃねえよ!」という確信に変わった。

オンラインで物事が進むということは、少なくとも言語的弱者にとっては大きなリスクが伴う。もちろん、負荷もダメージも非常に大きい。まだ始まっていないのでわからないが、来週からのオンライン授業だって対面授業の何倍もストレスフルなことは確かだ。それで人によっては精神状態が悪化する可能性だってある。勉強どころじゃなくなるかもしれない。それなのに母国に帰ることは極力やめろと言われる。

私は幸運なことにクラスメイトや教授たちと良好な関係が保てているので、授業のオンライン化についてはそこまで辛いと思っていないけれど、人によっては、特にまだ言語がおぼつかない留学生にとっては、それが致命的なほどのストレスになる可能性だってある。

 

「じゃあどうしろってんだ」と言われてもわからない。日本のように学校を全面休校にするよりは、オンラインでも、ストレスフルでも、授業をやる方がいいのだろう。特に大学のような多額の授業料が絡んでくる場所では、そうたやすく休校にするわけにはいかない。医療だって、すべてをシャットダウンしてしまうよりも、オンラインで継続できた方がありがたい人もたくさんいるに決まっている。

でも、でも、と思ってしまう。手放しで称賛しないでほしい。そんなにいいことばっかりじゃない。「ちょっと面倒」とかそういうレベルでなく、すべてがオンラインに移行していくことで苦しむ人がいるかもしれないということを忘れないでほしい。

やっかいな時に留学してしまったという気持ちもあるが、このような「マイノリティ」の気持ちをわずかでも理解できる機会が与えられたことは良かったと思う。ただ一人の留学生のぼやきとしてではなく、マイノリティが直面しうる困難の一例として、少しでも多くの人にこのような状況を知ってもらいたい。