偶然の出会いがあった。楽しい出会いだった。
場所は近所のショッピングモールの喫煙所。思い切って購入したズボンのすそ上げが20分もせずに終わるということで、ぼんやりたばこを吸いながらスマホを眺めて時間をやり過ごそうとしていた。
「今スマホっていくらくらいで買えるの?」
左斜め前にいたおじさんがそう言った。喫煙所にいるのは私とおじさんの二人。顔をあげるとこちらを見ているおじさん。独り言では、なさそうだ。
スマホで写真や動画を撮るとどんな感じになるのか気になるというおじさんのために、先日の散歩中に見かけた猫の写真を見せる。「猫好きなの?」と聞かれ、そこからあれよあれよという間に話題は広がり、気がつけばヒッチコックはイングリッド・バーグマンに入れ込んでいたという話になり、又吉の『火花』の感想を聞かれ、最後には日本の大学における人文学の今後について話していた。どういう話の流れでそうなったのかは正直よく覚えていない。ただ、なんとなく気分がよくなっていろいろ話したことは覚えている。
そのおじさんは以前、短期間ではあったが映画会社で働いていたとかで、嘘か真か知らないが、某映画批評家とも仕事をしたという話をしながら「あのころは飲み歩くのが仕事みたいなもんだったねー、楽な仕事だったわーあっはっは」と豪快に笑っているおじさんを見ているのは面白かった。
あんな真昼間にショッピングモールの喫煙所でたばこ吸いながらコーラ飲んでるおじさんなんてろくな大人じゃないんだろうが、同じくいい歳して真昼間からユニクロをぶらぶらしていた私が言えたことじゃない。そして、おそらくこの近所に住んでいるのだろうが、きっと今後会うこともないだろう。それでも、どんなろくでもない人であろうと、今後一切かかわることのない人であろうと、今日の30分間に交わした会話が妙に楽しかったことは事実であり、あの30分間が良い時間であったという記憶は今後も大切にされるべきなのだ。もちろん、私の心のなかで、ということだけど。
最近なぜか小沢健二にはまり、毎日毎日彼の甘い声で歌われる朗らかなリズムを享受しているせいか、とにかく気持ちが浮ついている。偶然の出会いからあんなに楽しい会話ができてしまったのも、その偶然性とオザケンの波長がなんともよく合っていたからかもしれない。ありがとう、オザケン。
ちなみにタイトルの『偶然の音楽』とはポール・オースターの小説のタイトルだが、あらすじを読んでも内容が全然思い出せない。読んだはずなんだけどなあ。おかしいなあ。 読んだ記憶はあるのに内容が全く記憶にない本が多すぎる。
- 作者: ポール・オースター,Paul Auster,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/12
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