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煉獄日記

目指せ天国。

なだめすかす技術

昨日の夜、友人から職場での人間関係に関する相談のような愚痴のようなメールが届いた。やさぐれた気持ちになっている彼女を、私は「自分が気持ちよくなることをしよう」と言って慰めていたのだけど、そう言いながら、「私、いつの間にこんなことできるようになったんだっけ」と首をかしげてしまった。

 

神楽坂で見つけたおいしいお蕎麦屋さん(蕎楽亭)で二色そばを堪能し、寝不足でいまいちはかどらない中やるべきことも少しはやり、かもめブックスで食にまつわる本を2冊買って、そして夕方には初めて訪れたカフェ(SKIPA)で素敵なハーブティーとプリンを味わいつつ読書を楽しんでいた私は、友人からのメールを見た帰り道の電車ではたいそう満たされた気持ちでいた。

でも、ふと、「なんで私は今日こんなにゆるゆると過ごしているんだろう。なんだか低空飛行だ」と思った。

 

おととい、高校時代の友人から結婚の報告があった。おめでたいなあ、結婚式に行くの初めてだなあ、と祝福の気持ちで満たされていた。結婚式って何を着たらいいのかな、とか、結婚式のマナーとかよく知らないけど大丈夫かな、とか、そわそわ考えるのもまた楽しい。

心の奥の裏側あたり、もっと具体的にはみぞおちの奥のちょっと肋骨よりのあたりが、すくっとしたのは、気のせいだと思うことにした。

 

かもめブックスで買った本のうち一冊は、益田ミリ『すーちゃんの恋』であった。この作品のテーマの一つは結婚と出産。「お母さんになる人生と お母さんにならない人生」(12頁)についてぼんやりと考えるすーちゃん(37歳独身、彼氏なし)は、ちょっとした哲学者だった。

あと約10年か、と思いつつも、こんな風にちょっとだけ満たされている、でも実はけっこう悩んでる、そんな人生も素敵だな、と思った。

 

電車からおりて家までの道のりを歩く途中、やっと、その日いちにちの低空飛行の理由に気付いた。私は、まだまだ大人になることがよくわからないなんて言っている自分が、ちょっと悲しいのだ、と。

最後に付き合っていた恋人と別れたのは二年前。それ以降は驚くほど何もない。そして、手に職があるわけでもなし。安定した仕事があるわけでもなし。家に帰れば同居している母。2人でテレビを見て笑ったり、たまに喧嘩もしたりするけど、お互い近づきすぎないように、深刻になりすぎないように、気を付けながら生きている。

穏やかな雪のように少しずつ少しずつ重なった不安が、この数日のいろいろで、心の体力が落ちて、「重いよー」となっていたらしい。就職とか結婚とかいろんな岐路をぐんぐん通り抜けていく友人たちを見ていると、私の中の立派な私が「いつまでいじいじしているの?」と幼い気弱な私を責めてくる。

 

そうなったときに心がどん底まで沈まないためのケアができるようになったのは、たぶん成長と呼んでいいのかな。孤独には耐えられる。孤独が絶望に化けるのを、ちゃんと止めれば大丈夫。孤独でも、おいしいものはおいしいし、気持ちいいことは気持ちいいし、面白い本は面白い。だから、絶望する必要はない。

こうやって自分で自分を上手にケアしながら毎日を過ごせば、すーちゃんみたいにちょっと楽しく生きられるかもしれない。そんなことがわかり始めた、誕生日の一週間後でした。すーちゃんありがとう。

 

すーちゃんの恋 (幻冬舎文庫)

すーちゃんの恋 (幻冬舎文庫)

 

 

帰り道にこっちも買っちゃった。こちらもとってもいいお話だった。

世界は終わらない (幻冬舎文庫)

世界は終わらない (幻冬舎文庫)