煉獄日記

目指せ天国。

すーんとする雨

たしか、江國香織の『流しのしたの骨』だったと思う。

主人公の女の子は雨の日を屋内で過ごす気分を、「すーんとする」と形容した。なにせその本を読んだのはもう10年近く前なのであらすじもほとんど覚えていないのだが、この「すーんとする」という言葉だけは鮮明に覚えている。

近年の夏に発生するようなゲリラ豪雨などではなく、梅雨の時期にしとしとと降り続ける雨。その雨を屋内から眺める少女。ぱたぱたと窓を打つ雨の音が微かに響く、薄暗い部屋で過ごす午後。その状況に「すーんとする」という言葉をあてた江國香織は、本当に本当に良い書き手だと思う。辞書にも載っていない擬態語を使って、こんなにも人を納得させる彼女の感性と文章力に、十代の私は圧倒された記憶がある。

 

それにしても、「すーんとする」と言ったのは本当に主人公の女の子だったろうか。他の登場人物だったかもしれないし、語り手だったかもしれない。そもそも『流しのしたの骨』ではないかもしれない。

あまりにも納得のいった言葉はその瞬間にはっきりと耳に刻まれ、自分の中で繰り返し繰り返しその言葉を転がしているうちに、いつの間にかそのオリジナルの声を忘れてしまう。そんな経験は多くはないけれど、そうやって私が取り込んでいった言葉は、少なくは、ない。だから読書はやめられない。

 

あれ、読書の記録をしているアプリを見たら、私は『流しのしたの骨』を3年ほど前に再読しているらしい。うーん、記憶にないなあ。