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煉獄日記

目指せ天国。

納豆パスタ

春場所が予想外の荒れ方をしている。
このまま照ノ富士が優勝しちゃうんだろうか。照ノ富士のことは大好きだけれども、大関復帰のかかった5敗の琴奨菊に変化で勝つというのはなあ。優勝しても手放しに喜べない気がしてつらい。
 
で、納豆パスタの作り方を記録しておく。
恋人が遊びに来て二人分の食事を急きょ用意することになったとき、冷蔵庫に納豆があったことを思い出して作ったパスタ。彼は最初「納豆パスタ・・・?」と訝しんでいたが、食べたあとには美味しかったと言ってくれた。訝しむ彼を横目に平気で作り始める私もどうかと思うけど、でもそういう感じで私たちの関係は良い。
納豆パスタはいつも適当な材料で作っていたからなんとなく微妙な味になることが多かったけど、ちゃんとレシピ探してまじめに作ったら、しっかり美味しくなりました。
 
【材料】(2人分)
納豆2パック
めんつゆ大3
醤油小1
バター大1
小松菜適量
パスタ200グラム
 
【作り方】
1.納豆、めんつゆ、醤油をしっかり混ぜる
2.お湯が沸いたら小松菜をさっと茹で、みじん切りにする
3.2の鍋でそのままパスタを茹でる(今回は1.4ミリを使用)
4.1と2をよく混ぜる
5.茹であがったパスタとバターをあえる
6.4と5をあえて完成
 
小松菜を使ったのは単に冷蔵庫にあったから。ほうれん草でもキャベツでもいいし、ネギでもおいしいと思う。っていうか入れなくても納豆パスタとしては十分成立する。
うちではたれ・からしがついていない納豆を買っているけど、ふつうのたれ付き納豆だったらそのたれも入れちゃえばいいと思う。その場合はめんつゆを少し減らせば帳尻が合うかしら。
 
最近一人暮らしを始めてから楽しく料理してたら順調に太っている。それは困るので、夏までに筋トレすることにしました。

都営バスの旅(日暮里方面)

朝起きたら春の陽気だった。エアコンをつけなくても大丈夫な陽気。それだけで幸せ。
幸せついでにどっか出かけようと思った。行ったことのないところに行きたいな、と思って東京の路線図を眺める。「日暮里・舎人ライナー」、乗ったことない。乗ってみたい。でも、ただ電車に乗っていくんじゃなんか味気ない。そうだ、都営バスを乗り継いで行ってみよう。そんな思い付きで一日都営バスの旅に出ました。
結局日暮里・舎人ライナーには乗らなかったし、足立区にも入らなかったけどね。
 
スタートは12時過ぎの葛西駅。とりあえず人が並んでるところに並んで、バスに乗り込む。京成バスだった。そそくさ下車。
あらためて都営バスに乗り一日乗車券購入。どれでもいいから来たバスに乗ろう、と決めていたので、新小岩方面に向かうバスに乗る。しばらく乗っていると東京らしからぬ景色が広がってきたので、次の松江という停留所で降りた。東京なのに松江。商店街の雰囲気も松江っぽい。

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松江の商店街をぶらぶら歩いて、ひとつ先の停留所から今度は亀戸行きのバスに乗る。
小松川橋で荒川越え。スカイツリーが近づいて来た。

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終点いっこ前の水神森で下車。停留所の名前がなんか良かったから。水神ってなんだろ。調べもしないのでわからない。とりあえずまたバスには乗りたいから亀戸駅方面に向かった。
亀戸駅でさくらあんの大判焼きを食べる。うーん、さくらあんっぽい味はあんまりしない。もうちょっと塩気のきいた甘さを期待していたんだけど。
駅の北側まで歩いていくと、なぜか亀戸駅駅前が歩行者天国になってる!必要あるのか?歩行者天国なのに自転車が多い。自転車天国。
 
水神森で降りたとき香取神社の由来が書かれた工事現場の囲い(なんて呼ぶのかわからん)を見たので、駅前の案内図を頼りに香取神社にお参り。スポーツの神様らしいけど、とりあえず健康を祈願。

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香取神社の次は亀戸神社に向かう。途中の細い路地には猫がたくさん。猫の多い町はいい町です。

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5分くらい歩いて小道を出るとスカイツリー登場。そんで、亀戸天神にも到着。亀戸神社じゃなくて亀戸天神でしたね。

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こちらは学問の神様ということだったので真面目にお参りしました。あれ、亀戸天神じゃなくて亀戸天満宮?どっちでもいいのかな?
歩き回って疲れたからバスに乗ろうと決めて神社を出る。亀戸天神のすぐ側に亀戸天神前という停留所を発見。都内はよく見ると本当にたくさんバス停がありますね。浅草寿町行きと上野公園行きが通っていたので、先に来た方のバスに乗ることに。
10分ほど待って停留所の椅子でぼんやり眠くなってきたころ、浅草方面のバスが来た。浅草かー、混んでるだろうなーと思いつつも乗る。案の定雷門付近は大混雑で降りる気しなかったから、終点の浅草寿町まで乗った。浅草は早めに離れたい。観光地っぽいところを土日に歩けるほど元気じゃありません。
 
でも結局ほかの停留所が見つからず雷門の近くから池袋駅東口行きのバスに乗る。なんかバスきたから乗っちゃえ!という勢い。巣鴨で降りようかと思ってたんだけど、路線図見てたら昭和町ってところに行ってみたくなったので荒川四丁目で乗り換えのため下車。もうこの時点で足立区に行く気は全然なくなってた。でも乗り換えるなら荒川三丁目の停留所だったらしく、バスが通ってきた道を引き返す。タイ仏教の寺院があったりハングルで書かれた教会の看板があったり、荒川区は浅草とはまた違うインターナショナルな雰囲気。
 
しかしどこかで道を間違えたらしくバス停に出会わず。代わりに「喫茶 アイリス」を発見!看板のフォントとかディスプレイの感じがとても好きだったので喜んで入る。荒川区まで来た甲斐あったわー。不意打ちでこういういい店に出会えるとたまらなくうれしい。この時点で15時半。しかし眠い。
お腹は空いてないので(大判焼き食べなきゃよかった!)とりあえずブレンドだけ注文。70過ぎくらいのおばあちゃんが1人でやってる、全席喫煙の素敵な喫茶店。私自身はタバコはあまり吸わないけど、喫茶店は灰皿のおいてあるようなお店が好き。「全席禁煙」ってなんか感じ悪いもん。お店の中は思ったよりも広くて、トイレもぴかぴかに掃除してあった。ツムツムで盛り上がる地元のおばちゃん(たぶん)の横で、1時間ほど読書。入口ちかくの日当りのいい席は快適で、まどろっこしい英語の本だったけど20ページくらい読めた。ちょっとおなかが空いてきたから、せっかくだしツナトーストも注文。パンはサクサクで美味しい。でもキュウリ入ってるツナはあんまり好きじゃないのよなぁ。たまごトーストにしておけばよかった。

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ずっとバスだったから電車の路線図だと自分が今どこにいるのかよくわかってなかったけど、よくみたら目の前に常磐線の線路と「三河島駅前」の看板。初めてきたよ三河島。というか荒川区自体初めてかもしれない。
お腹がいっぱいになったらもう読書する気になれなくてアイリスを出た。お店の前の道を日暮里行きのバスがたくさん走ってたから、あてずっぽうでその方向に歩く。まるでちょっと出かけてきた地元民みたいな顔をして細い道を歩く。
 
日暮里に向けて歩く途中、17時のチャイムが鳴ったけど知らない曲だった。何か荒川区にゆかりのある曲なのか、それとも私が知らないだけでよくつかわれる曲なのか。
途中で「にっぽり繊維街」に遭遇。繊維街ってあの『運命に、似た恋』に出てたところかしら?

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日曜だからか閉まってるお店も多かったけど、レザー専門店とかボタン専門店とかいろいろあって面白い。洋裁したい気持ちがむくむくわいてきました。
 
日暮里駅に着いてももちろん電車には乗らない。アイリスという素敵な喫茶店に出会って満足したから、最初の目的地なんてもうどうでもよくなり家の方面に引き返すことに。亀戸行きと錦糸町行きのバスで迷ったけど、ちょうど来てたから錦糸町行きに乗る。またスカイツリーの近くを通るらしい。あと、根岸とか下谷とか。いわゆる谷根千エリアってやつか?そんなことを思いながらバスに乗る。っていうか今歩いて来た道を完全に戻ってる。あれま。
浅草駅前から再びバスがどっとこむ。みんな浅草好きねー。終点の錦糸町駅からさらに門前仲町行きのバスに乗り換えて東陽町に向かう。気温が下がってきてちょっと寒い。春だから仕方ない。早く帰ろう。
東陽町駅前で降りて、都営バスの旅は終わり。東西線に乗っておうちに帰りました。
 
一日乗車券はたった500円なのに、都営バスだけであちこち行けてほんと楽しい。アイリスみたいな素敵な喫茶店を発見できると旅の満足度はぐんと上がるね。
これから暖かくなるだろうし、またひとりでぶらっとどこかの街を探索しに出かけよう。

SMAPは私の太陽だから

SMAPが解散するらしい。

SMAPが、解散、するらしい。

 

SMAP解散」の文字はこれまで数え切れないほど見てきた。森くんが脱退し、吾郎ちゃんが捕まり、木村くんができちゃった婚のような形で結婚し、つよぽんが再び捕まり、アイドルとは思えない劣等生ぶりを見せてきたSMAP。解散の噂がたつのも当たり前だ。むしろこれまで解散せずに済んでいたことのほうが奇跡だったかもしれない。

しかしそのすべてを、ファンたちは「またやってるよ」と笑い飛ばし、心の片隅で一抹の不安を抱えながらも「まあSMAPなら大丈夫」と信じてきた。

私も、そういうSMAPファンの一員だった。私がSMAPファンだと知る周囲の人から「SMAPって仲悪いんでしょ?」とか「SMAP解散するの?」とか言われても、「まあまあまあ」と笑って受け流してきた。私は彼らのファンだったから。アイドルとしての彼らに不信感を持つなんて、ありえないことだったから。

なぜそれがファンにとって「ありえないこと」だったのか。今回はそれを考えてみたい。連日様々なメディアで様々な情報が飛び交っているが、そういったこととは一切関係のないアイドル論として読んでもらえればと思う。

 

アイドルとファンとの関係は、光源とスクリーンのようなものだと思う。

まず、光源であるアイドル。メンバーひとりひとりが異なる色に輝き、それぞれの色が集約された時、そのアイドルグループの光が生まれる。アイドルグループのメンバーにしばしば色が決められるのは、そのことを象徴しているように思える。例えばSMAPであれば、ピンクの中居くん、赤の木村くん、青の吾郎ちゃん、黄色のつよぽん、緑の慎吾。各々が発する光はそれぞれに趣が異なり美しい。しかし、その五つの色が重なったときに生じるのは、メンバー個人が持つどの色とも違う、「SMAP」という新しい色彩だ。個々人の活動を寄せ集めただけではSMAPの色は完成しない。「個人でも十分に活動していける」という意見が大変的外れに思えるのはそのためであろう。5人のメンバーが各々力強く輝き、その光が集まったときにだけ生まれる太陽のような存在、それが私にとってのSMAPというアイドルだ。

次に、スクリーンとなるファンたち。アイドルは光源だと上で述べたが、光は何かに反射して初めてその姿を現す。アイドルがどれほど美しい光を発していたとしても、それを映すスクリーンが存在しなければそこに輝きは生まれない。アイドルがアイドルであり続けるために、その熱にさらされながら身を挺して彼らの輝きを支える、それがファンなのだ。さらに言うならば、ファンだからといってすぐに完璧なスクリーンになれるわけではない。アイドルの活動を追いかけ、楽しみ、味わい、そのアイドルが最も輝くスクリーンとなれるよう時間をかけて微調整を繰り返す。それは時間のかかる作業だ。資本主義のこの社会においては、お金だってかかる。それでも目の前にある光源の価値を信じて自分の時間、お金、さらには生活をささげていくのが私にとっての「アイドルファン」の定義であり、これまで私がSMAPに対してとってきた態度である。

「ファンがいなければアイドルは存在しない」という言葉が時折聞かれるが、そこでいう「アイドル」とは光源としてのアイドルとは少し意味が違うのだ。つまり、一般に考えられている、そして一般の人が見る「アイドル」とは、スクリーンに映された物語でしかない。アイドルとファンが一体となって生み出す「アイドル劇場」にふらっと立ち寄った一般の人々は、スクリーンに映し出される映像を見て「ほほぅ、これがSMAPか」などと言い、面白いとか面白くないとか感想を述べ、再びその映画館から立ち去っていく。彼らにとってSMAPというアイドルはひとつのエンターテイメントであっても、人生の一部ではない。その点で、アイドルを見つめる視線は、ファンであるか否かによって全く質の異なるものだと言えるだろう。

SMAPは、その「アイドル劇場」に多くの観客を入れすぎたのかもしれない。観客の野次は次第に大きくなり、「国民的アイドル」などというおかしな宣伝文句をつけられ、観客の声はいつの間にか無視できないボリュームになっていた。ファンはその変化に戸惑いつつも、SMAPが輝き続けるために彼らを必死で応援してきた。しかし、アイドルがアイドルである以上、野次ばかりが大きくなる環境で生き延びることはできない。今回の解散報道で、それがよくわかったような気がする。解散というグループの一大事に直面しても、アイドルの声もファンの声も全然聞こえてこない。聞こえてくるのは興味本位に「SMAP劇場」を覗きに来た野次馬の憶測ばかり。そんな状況では、SMAPSMAPとして存在できるはずがない。

 

SMAPが解散するなんて信じられない。今でも壮大なドッキリなのではないか、もしくは私の夢ではないかと真剣に疑うときもある。だって、私は彼らの発する光を反射するためだけに存在するスクリーンなのだから。彼らが美しく輝いてほしいという一心で、これまでSMAPファンとして生きてきたのだから。SMAPがいなくなってしまったら、「SMAPファン」であった私はどうなってしまうのだろう。

でももし、本当に本当に彼らが解散してしまうのならば。SMAPという物語が終わりを迎えてしまうのならば。どうか最後だけでも、アイドルとファンが築き上げてきた関係が、野次馬たちによって土足で踏み荒らさないことを願っている。

老犬と暮らす

犬の眠りは浅い。ちょっとの物音や振動でもすぐに飛び起きる。すっかり飼いならされた犬でも、もともとは野生のオオカミだったことを思い出させてくれる瞬間だ。

うちの犬は現在13歳。すっかり老犬である。若いころはあんなに騒がしい犬だったのに、最近では用のないときはいつも寝ている。で、その眠りが深い。それも、犬らしからぬ深さである。

もうきっと耳も悪いのだろう。昔は家の鍵を開けると玄関まで尻尾をふりふり走ってきたのに、最近では耳元で名前を呼んでようやく「あれ、帰ってきたの?」みたいな顔をするといった調子だ。ちょっぴり寂しい気もするが、おとなしくなった老犬とだらだらと暮らすのも悪くはない。

 

しかし、老犬。13歳。犬の寿命はそれほど長くない。うちのような中型犬なら、15年生きたらもう十分、というくらいだろう。

今日リビングで作業をしていたときふっと犬を見ると、いつも通り熟睡している。ちょっとその睡眠を邪魔してみたくなって頭を撫でてみる。反応がない。つまらないので今度は名前を呼んでみる。反応がない。ふっと不安がよぎってたたいたり揺すったりしてみる。それでも反応がない。さっと血の気がひいて、思わず犬を抱き上げ大声で名前を呼ぶ。やっと起きた。いつになく強引に起こされて、「え、なに?」みたいな顔をしている。

これはもう、眠りが深いとかそういうことではなくて、やはり老犬だからなのだろう。もちろん今日は本当にただ熟睡していただけだったけれど、そこまで熟睡しているということ自体が犬にとっては異常事態なのだから。いつかこうやってぐっすり寝ている最中に本当に逝ってしまったどうしよう、と思ったら寂しくてたまらなくなってしまった。

 

ずいぶん昔、『いぬのえいが』という短編映画集に入っていた「ねぇ、マリモ」という作品を見て号泣したことがあった。そのときはまだ、犬の死はあくまで想像上の何かでしかなく、いつかくる日を思って泣いていた。

一年ほど前、『犬往生』という漫画を読んだ。老犬介護と犬の死というテーマはあまりにリアリティがあって、読みながら泣いたし、それ以上に落ち込んだ。私には、愛犬の死に耐えられる自信がない。

自信がないと言っていても、いつかその日はやってくる。そのとき私はどうなるのだろう。ペットロスなんて言葉があり、それはペットを飼っていない人から見れば「犬や猫の死を経験する悲しみ」という抽象的な意味にすぎないかもしれない。しかし、13年ずっと一緒に暮らしてきた犬の死、という具体的な未来への恐怖は、そんな言葉には回収しきれない何かである。人が言葉の無力さや言葉の暴力性に気付くのは、あまりに個人的であまりに深い悲しみに直面したときなのだろう。

 

愛犬との暮らしがあとどれくらい続くのか、数か月か、数年か、それはわからない。でもいつか来る別れの時に悔いなくあの子を送り出せるようにしておかなければね。

 

犬往生 老犬と過ごした21年間

犬往生 老犬と過ごした21年間

 

 

九州場所徒然

腰を据えて相撲を見てる暇がないのが悲しい。とりあえず、だらだらと思ったことを書いておきたい。

 

まずは、臥牙丸。12日目、勢との取組。立ち合いも素晴らしくずんずん押す臥牙丸。「ガガちゃん調子いいね!!」と思った瞬間、土俵際でパタリ。悲しげな顔できょろきょろと審判たちを見回し「物言いは?」と言いたげな臥牙丸。いや、残念ながら、臥牙丸が倒れる方が早かったね…。

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北の富士さんの「インタビュールームで泣いてもらえばいいじゃん」には思わず噴き出しましたが、こういうところで本当に泣いちゃう臥牙丸は相変わらずかわいい。そしてそんな風に感情を丸出しにしても、もはや誰にも何もとがめられない臥牙丸すごい。朝青龍のガッツポーズが昔非難されまくってたけど、今の臥牙丸ならガッツポーズだろうがバンザイだろうが許されるんじゃないのって雰囲気。子どもみたいに素直な臥牙丸はやっぱり見てて楽しい。

 

そして、大砂嵐はなー。大砂嵐なんだよなぁ。また怪我をしてしまって心配だけど、とりあえずこれを機に相撲の技術向上に励んでほしい。いや、これは前から言ってるけど。あの気迫と筋力に技術が加われば本当にいい力士になれると思うのよねぇ。今のままじゃまず三役以上の力士には太刀打ちできないわよ。

 

あと今場所見てて楽しかったのは、もちろん嘉風、あとは蒼国来、魁聖松鳳山、御嶽海、(中盤からの)逸ノ城あたりかな。逸ノ城のムラはどうにかならないのかね。琴奨菊も途中から見事に失速してついには休場だし。まあそういうのをちまちま言いながら観るのも相撲の楽しみだなぁ、と最近は思うようになりました。

さーて、誰が優勝するのかしら。初めて見た「強い日馬富士」は本当に強くてかっこよくて、このまま日馬富士に優勝してほしい気もする。でも、「やっぱり白鵬」と言いたい気もする。鶴竜はもうちょっと頑張れ。頑張ってももう優勝は無理だけども。最後くらいかっこいい相撲を見せてくれーと思う。明日はリアルタイムで観られるといいなあ。